2020-11-06

午前3時、勉強っぽいことをしていたが突然全身が駄目になったので近所の松屋に出向く。店員すまん。その後ちょっと散歩して家帰ったら卒倒した

 

運良く午前中に起きたので大学へ行ったが、結局研究室とゲーセンを往復して1日が終了した。顔面𝑺𝑶𝑼𝑵𝑫 𝑽𝑶𝑳𝑻𝑬𝑿になっちゃった。あーあ

 

稲毛で友人とメシを食ったが行き帰り歩いたのは正解かも。お陰で人間っぽくなった。帰宅したらまた気絶しそうになったのでこの文章を書いています。明日から頑張る。

 

 

 

2020-11-05

ここの所毎日虚無を産み出してるので日記を付けることにした。形から入るのは大事ですからね。

11:30に目が覚める。もう一眠りしたかったが、経験則的に大学行かないと一日が破滅するので渋々起床。どうも洗濯機の糸くず取りが機能してなかったらしくズボンがゴミだらけだったので除去するも、気付いたら熱中してて1時間経過していた。おれHDMIかも

何だかんだで大学に出向き友人とメシを食う。その後研究室で劣っていた(Twitterのことです)ら一日が終わったので友人2と麺を啜って帰宅。明日から頑張る。

宅の独り言

先日Twitterを徘徊していると、こんなつぶやきを発見。

 

何?????????????

ド直球の優生学的主張である。本人はのちに冗談だと弁明しているし、その方向性で擁護している人もちらほら見掛けるが、まぁジョークには規範というものがあるだろう。しかし別に今回は、有名人のSNSの使い方や氏の人間性についてとやかく言いたい訳ではない。優生学そのものについて、少し考えてみたいのである。

 

そもそも優生学とは何だろう。広辞苑には

優生学(eugenics)-人間集団の質的向上を目的に、優良な遺伝形質の保存、改善を研究する学問。ダーウィンの進化論の影響を受け、19世紀後半にゴールトンが提唱。

 とある。このうち、劣った遺伝子の持ち主を生殖のフィールドから排除しようという「消極的優生学」が、結果的に歴史の惨禍を生んだと考えられる。

 そんな訳で、現代において優生学はタブーの領域にある。確かに、優れた/劣った遺伝子という差別的発想も、生殖コントロールによって優位な個体を保存できるという手法も、イデオロギー的かつ似非科学的、進化論を拡大解釈したものに過ぎないと言わざるを得ないだろう。

 

しかし、一方で遺伝的、生得的な優劣、丸く言えば得手不得手が各々に存在するのも紛れもない事実だ。優生学は「個人間の遺伝的優劣」を前提に成り立つが、遺伝的優劣の存在を認可すること即ち優生学を支持すること、ではない。現代ではここが混同され、一緒くたに蓋をされている気がしてならないのだ。

 

遺伝の問題は微々たるものであり、全ては出会いと努力で決まる、と声を大にして語る人は大勢居る。だが、これはあくまで私見だが、そういう人間は大抵持つものを持って生まれてきたか偶然努力が当たったか、どちらにせよ成功者の側から自らの歩みを美化しているように思える。全てを経験的要因で語るのは、ともすれば遺伝よりも残酷な「環境の壁」を一部の人々に突き付けることになるし、第一努力で越えられない物は沢山あるだろう。

 

遺伝的に何かに秀でるとはどういうことか、その知見は社会の経済的運営にどのように寄与出来るか、今社会が抱える問題にどう斬り込めるかを、科学的かつ倫理の範囲で検討する──────これはタブーとしての"優生学"とは一線を画する。差別とイデオロギーを排した、純粋な思索。こうした丁々発止の議論を避け、蓋をし続けるうちに、上で挙げたツイートのような極端な発想が漏れ出てしまう。この事は他の社会問題、例えば障害者差別や男女の不平等などでも言えるのではないか。大きな事件や強い思想が出てくる度に対症療法を施すだけでは、何も進まない。

 

このまま窒息して堪るものか。

 

千葉大学に飛び級合格した話

こんにちは、えびてんです。自粛期間であまりにも暇なので、受験記を綴る事にしました。何から何まで参考にならないとは思いますが、最後まで読んで頂ければ幸いです。

 

 

 

  • 経緯

去年の4月、僕は高校を中退しました。原因は、母親が精神疾患を患い、家庭がまともに立ち行かなくなった事でしょうか。納得のいかないまま退学を余儀なくされ、僕は暴走しました。勉強をサボってゲーセンに入り浸り、在学中目標にしていた東大や一橋大はあっという間に遠のいて行きました。

 

いっそのこと大学進学も諦めようか、と手に取った高卒認定試験の冊子の中で、千葉大学飛び入学試験と出会いました。

勿論、元々素質のない上に半年ふらついていた自分の手に負える物ではないことは分かっていましたが、どうせなら一発勝負してみようという気持ちで出願を決意しました。

 

千葉大学飛び級入試には多くの選択肢がありますが、社会学言語学、哲学に興味を持ってきた自分にとって勝機があるのは「文学部-人間科学関連分野」でした。

この入試には一次選抜と二次選抜があります。一次選抜で現役生、浪人生と同じ大学の二次試験を受け、基準を満たした人は二次選抜で論述と面接に臨みます。というわけで二次試験の対策を始めたのですが、勉強が頭から殆ど抜けきった高2が半年で国立大学の試験に間に合わせるのはそう容易ではありません。当然、何の手応えもないまま当日を迎え、ボロボロの状態で帰途につきました。

 

3/10の一次選抜発表までの間、僕は何度も母親に罵られ、完全に自信を無くしていました。合否を見なくても別に良いんじゃないかとさえ思っていました。

が、通ってました。後で訊いた話ですが、予想に反してそこそこ取れていたようです。本当に驚きました。しかし、1週間後の二次選抜こそがこの入試のミソです。僕は少しでも知識を増強しようと、専門書を読み漁りました。

 

そうして迎えた試験の日。まず論述は90分で小問4題、だいたい2500字ぐらいでした。課題文の内容は"実用性のある知識について"。スラスラ書けたのですが、終了直後に次々と後悔の念が湧いてきて、心が折れかけました。

1時間後に面接があり、僕は大学で取り組みたいと思っていた生成文法について喋りました。ただ、コートを着たまま入室したり、試験官の先生方が8人も居たり、終始突っ込まれたりで地獄のような時間でした。

 

まず受かってないだろうな、と思いながら河〇塾の受講手続きを進め、発表の3/20を待ちました。当日は10時発表だと思っていたのが10時37分ぐらいに発表されて、とても不安になりました。パッと見で番号が無かったのでスマホを思いっ切りぶん投げたのですが、後で見たらちゃんと受かってました。滑稽ですね。

何故受かったのかさっぱり分かりませんでした。

 

 

 

  • おわりに

未だに実感が湧きません。僕の学生証の生年月日は「2003年1月30日」になっています。17歳の大学生。

今後どうなっていくかは分かりませんが、この貴重な体験を生かすことが出来るよう日々邁進していきたいと思います。最後まで読んで下さりありがとうございました。